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『劇場版 ソードアート・オンライン‐オーディナル・スケール‐』感想。仮想世界と拡張現実との差異

 2017年2月18日に公開されました『劇場版 ソードアート・オンラインオーディナル・スケール‐』を先日鑑賞しまして、『ソードアート・オンライン』のTVシリーズ1期、2期共にブツブツと文句を言いながらも、楽しく視聴していた私にとって、久しぶりに胸を熱くさせてもらいました。ということで簡単ですが感想を書こうかな、と思い数カ月ぶりにブログを更新します。(若干のネタバレを含みますのでご注意下さい。)

 

 

 仮想世界と死

 本劇場版を鑑賞した際に思ったことは、“生”をもって生きていることを描いた作品だということでした。

 それはTVシリーズでは仮想世界で死ぬと現実世界でも死ぬ(『アインクラッド編』及び『ファントム・バレット編』)、もちろん現実世界で死ねば仮想世界でも死ぬ(『マザーズ・ロザリオ編』)、そのリンクを強く持っていた作品でした。仮想世界で死ぬことは現実世界でも死ぬこと、これによって、現実世界では寝たきりとなっているキャラクターを仮想世界と繋ぎ止めて、より生きることを感じさせる作品でした。

 しかし、劇場版ではゲーム内で行われる事象が“死”へ直結してい。

 

 拡張現実と生

 拡張現実では身体が重く、持久力など体力も影響し、何より痛みも感じる、このことがより生きていることを実感させてくれる演出をしています。そこにTVシリーズと劇場版の違いがあり、当たり前ではあるけれど、生きていること(身体の重さ、体力、そして痛み)をもって、生きていることを感じさせる、今までのTVシリーズとは違った側面から作品を見ることができ、その新鮮さを楽しむことが出来たのかもしれないです。

 

 結城アスナ

 前述した劇場版は“生”を描く、このことを体現していたのが彼女、結城アスナに思えます。そのことを強く感じたのは、中盤にキリトによってベッドに押し倒される場面です。互いに体に触れ合うことによって血が通っていること、彼女の体温を通じて(1期7話『心の温度』でリズベットがキリトから温かさを感じ取ったように)、生きていることを感じることができる本作品で最も良い場面でした。

 

 TVシリーズと劇場版、昨年はTVシリーズをせずに劇場版単体でロードショーをした作品にヒットが目立ちました。しかし、本作のようにTVシリーズの下地があったからこそ、面白く感じることができる作品を今後も期待したいです。

 

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